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教育ってなんだ??

昨日は宴会のゲストとしてある落語家が弟子を連れて来ていた。

弟子の方の前座は誰もが冷や汗握るもので、終わった瞬間は誰もが胸を撫で下ろしていたように思えた。
前座を終えて師匠が席に着席すると、さすがは師匠。

見事なフォローと機転で会場を和やかなムードに変えた。

会は無事に終了したが、問題は会の後だった。

師匠自ら企業の見送りをし、幹事以外の全員が二次会に向かって静かになった。
すると師匠は、片付けをしている僕らの前で弟子を静かに叱り始めた。
次第に弟子は、師匠と目も合わせられないほどめった打ちに叱られていた。
内容は特に大したことではなかったように感じたが、何かが気にいらなかったらしい。


自分も当時、師匠にはこっぴどく叱られた、とても怖い思いをしたと誇らしそうに話す師匠を見て、

教育とはなんだろう?

と、ふと思った。
過去の恐怖を押し付けているだけでは、ただのオナニーである。
教育するものは、されるものに対してなぜ怒っているか、何を伝えたいのかを的確に伝えなければならない。
その手段はきっと
言葉で伝える
表情で伝える
仕草で伝える
背中で伝える
拳で伝える
他者に伝えさせる
など多岐にわたるはずだ。

受け手のことをよく観察して信号をキャッチして、適した手段を選ぶ必要がある。
師匠は「こいつを親から預かっている」と誇らしげに言っていたが、もしこのままの方法で逃げられでもしたら、教育者として失格だと僕は思う。
教育失敗。師匠、減点。
人の人生、座布団の枚数ではカウントできない。

赤ちゃんは生まれた使命として、親に「育てる」ということを教えてあげていて、泣くという行動はそのヒントを出してあげているのだという。
もしかしたら教育する側は「教育する」ということを、教育される側から教えられているのかもしれない。
人にものを「教える」という行為は、「教え方を学ぶ」という対照的な関係か、もしくはニアリーイコールなのかもしれない。

僕も人にものを教える立場になった時、上下や強弱などではなく、傲慢にならずに謙虚に、学ばせてもらっていると思って接したい。
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